2009年06月18日

焼印(やきいん 英: brand ブランド)とは

焼印(やきいん 英: brand ブランド)とは、高温に熱した金具(焼きごて)を用いて、木製品、食品、動物・ヒトの皮膚などに印を付けることである。特に人間に対する焼印は刑罰として行われることが多い。家畜に対しては、所有者を明確にするためにロゴを焼印していたため、転じてブランド(焼印)が商品ブランドを意味するようになった。

宗教登山が盛んな富士山や御嶽山では、宗教登山に使用される木製の金剛杖に焼印を有料で押印するサービスが山小屋ごとに行われている。

また、蒲鉾や饅頭などの食品に文字や模様を入れるためにも焼印は多用される。木製品には管理用の文字や模様を入れるための焼印も多い。

ヒトや動物の皮膚の再生能力には限界があるため、火傷すると治癒した後も痕跡が残る。これを利用して皮膚に印をつける。刺青と同じように永続的な識別を目的としている。刺青に比べて費用が安く手間がかからない反面、苦痛や感染症のリスクが高く罪人や家畜の管理に用いられることが多い。現在ではヒトに用いることは人権を犯すことだと考えられている。年月が立つと新陳代謝などで印が多少薄れる。
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金属板などを熱して皮膚に押し付け火傷させる。

伝統的な焼印にたいして、ドライアイスまたは液体窒素を使用した凍結烙印という方法がある。これは動物の個体識別に使用する。この方法は焼印のように火傷を引き起こさせると言うよりむしろ、色素を産生する有色細胞を損傷させる。そして烙印が使用された場所は、毛色が白く変色する。凍結烙印を行う際は皮膚が露出するように、被毛が剃られる。そして凍った鉄は動物の種や被毛の色によって異なった時間皮膚に押しつけられる。馬の場合は一般に肩に烙印が押される。凍結烙印は焼き印と比較して、動物の苦痛がより少ないとされる。凍結焼金は冷却剤に浸される。皮膚には99%のアルコールが吹き付けられ、凍結焼金は数秒間皮膚に押しつけられる。凍結焼金が皮膚から外された直後には、刻まれた模様を見ることができる。しかし数秒の内に模様は消える。その後数分以内に腫れた皮膚として再び模様が現れる。そして3-4週間で模様は定着し、以後生涯変わることがない。

2009年05月31日

2000年代における日本の労働組合

第二次世界大戦の直後は全労働者中に占める労働組合員の比率(組織率)も60%以上に達していたものの、年々組織率は低下し、2005年末現在においては18.7%まで下落するに至った。また、従業員が100人にも満たない小企業における労働組合の組織率は3%にも満たないと言われている。

労働組合組織率が低下する要因としては、一つは政府・地方公共団体などの社会保障制度が労働組合に取って代わってきたこと、労働組合の活動に時間を割くことが避けられるようになったこと、特定政党への選挙協力が嫌われたこと、そしてここ最近の不況などにより企業の再構築が進められ、会社・部門の統廃合・人員整理などが進んで労働組合が解散していったこと、非正規雇用が増大したことなどが挙げられる。

かつては労働運動が盛んにおこなわれた時代もあった。高度成長期時代の日本における賃上げ闘争などはまさにその事例のひとつであり、労働者の生活レベルが現在よりもはるかに貧しかった時代には、日本人の生活水準向上(ひいては日本経済の拡大)に大いに貢献したといえる。しかし、労働組合が支持する政党や選挙立候補者を支持しなくなったり、労働組合やその関連団体が開催する行事や集会に参加することを面倒がったりするようにもなっている。

放送業界やアニメ業界は労働環境が過酷なことで知られるが、組合を作ると仕事をもらえなくなるとして労働組合をタブー視する風潮がある。しかし、その一方で2007年10月13日には「日本アニメーター・演出協会(JAniCA)」が結成されるなど労働環境の改善を目指す動きも始まっている。
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また、投資家からは労働組合の存在について「株価にマイナス」と見る向きが多い。これは、企業にとって万一の事態が起きた場合、その企業に組合が存在していると「迅速な」リストラ策が取りづらくなってしまう、という点が嫌気されている。ちなみに近年急激な成長を遂げたソフトバンク、楽天、サイバーエージェント等では、労働組合の組織すら見当たらない。また、多くの人材派遣業の会社には労働組合が無い。組織を試みたために、仕事の紹介がなされなくなるなどの報復を受けるケースや、入社時に組合活動をしない旨求められる(注:これは不当労働行為にあたる)ケースもある。

しかし同時に、健全な組合がないがゆえのリスクの側面をも見る必要がある。すなわち、「カリスマ」的経営指導者の行き過ぎを戒め、ブレーキをかけるものが実質的に不在になることで、経営危機へ追いやる可能性も高めるのである。旧山一証券、ライブドアなどが好例であろう。

組合機能の変質 [編集]
一方「労使協調」を掲げた組合(産経新聞社、日本航空(→日本航空の組合問題)など)では、形こそ存在するものの労働組合本来の機能が低下して会社側の言いなりになってしまい、組合幹部が取締役会の末席に就く「御用組合」「第二人事部」などと言われるものが多くなってしまい、場合によっては存在そのもの自体が労働者に不利益となっていることも少なくないのが現状である。

環境変化への対応の遅れ [編集]
日本の労働組合は正社員のみで組織されているものが多く、リストラ、パートタイマー・アルバイト・派遣社員の増加などによる雇用の不安定化といった、多くの労働者が実際に直面している問題への取り組みが大きく遅れることになった。現在一部労働組合はパート・アルバイトに門戸を開いており、非正規雇用の権利を主張する組合も現れている。

2007年の春闘では、連合が非正規労働者の労働条件改善を要求として掲げ、同年、非正規雇用労働者の労働条件改善、ネットワークづくりをすすめる「非正規労働センター」を開設した。また、首都圏青年ユニオンやフリーター全般労働組合など、アルバイト・フリーターによって組織された労組も存在している。 不況下で管理職の中高年の解雇が目立つようになり、管理職ユニオン[1]も結成されている。

争議権の濫用 [編集]
また、労働争議権を濫用し、争議権の範囲を越える街頭宣伝活動などをおこなう労働組合もみられる。たとえば、個人単位でも加盟できる東京・中部地域労働者組合は、最高裁判所で解雇が正当であると認められたにもかかわらず解雇不当を訴えるなどの街宣活動を強行したため、解雇した企業とその代表者が裁判に訴え、東京地裁は「会社の名誉・信用を棄損し、平穏に営業活動を営む権利を侵害した」「虚偽の内容を含んだビラや執拗(しつよう)な街宣活動は表現の自由を逸脱し、平穏な営業活動を侵害する違法行為」と認定し、同組合に対して、対象企業近辺での街宣活動の禁止と200万円の損害賠償の支払いを命じた。

2009年04月28日

河豚計画

河豚計画(ふぐけいかく)とは、1930年代に日本で進められた、ユダヤ難民の移住計画である。1934年に鮎川義介が提唱した計画に始まるとされ、1938年の五相会議で政府の方針として定まった。実務面では、陸軍大佐安江仙弘、海軍大佐犬塚惟重らが主導した。ヨーロッパでの迫害から逃れたユダヤ人を満州国に招き入れ、自治区を建設する計画であったが、ユダヤ人迫害を推進するドイツのナチス党との友好を深めるにつれて形骸化し、日独伊三国軍事同盟の締結や日独ともに対外戦争を開始したことによって実現性が無くなり頓挫した。

「河豚計画」の名は、1938年7月に行われた犬塚の演説に由来する。ユダヤ人の経済力や政治力を評価した犬塚は、「ユダヤ人の受け入れは日本にとって非常に有益だが、一歩間違えば破滅の引き金ともなりうる」と考えた。犬塚はこの二面性を、美味だが猛毒を持つ河豚に擬えて、「これは河豚を料理するようなものだ」と語った。

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のちに、日本通として知られるアメリカ人ラビのマーヴィン・トケイヤーが同計画に関する研究書を執筆した際に、この喩えを借りて『河豚計画(The Fugu Plan)』と題したことから、「河豚計画」と通称する。ただし同書によれば、この語は当時も非公式に使われていたという。

2009年04月12日

家庭料理

家庭料理(かていりょうり)とは、一般家庭で日常的に作られ、食べられている料理のこと。

家庭料理は、ありていに言えばおふくろの味に代表される素朴な料理群だが、さらに言えば地域色色濃い郷土料理を含む。日本では和食に加え洋食・中華料理など、家庭内で調理されるものを「家庭料理」と呼ぶ。購入してきて家庭内で食するものは中食(なかしょく)と呼び、家庭料理とは区別される。

世界的にみれば、やはり郷土料理に始まり、物流やメディアの発達にも伴って様々な近隣地域の食文化が混在する傾向も見られ、これらは食文化の内の最も大衆的な部分を占めている。ただ、インスタント食品など簡便で調理済みの食品群は先進各国で盛んに用いられる傾向が強いが、これのみを利用して食卓を幾ら盛り立てたとしても、これは家庭料理の範疇には含み難い。

家庭料理は、家庭内で料理して家族で食卓を囲む(→一家団欒)際に食べられているものであるため、食育やスローフードないし地産地消といった、食事と家庭教育や躾といった「家族の持つ育児的機能」という面で重要な要素だという認識も見られる。日本ではこと個食や孤食が社会現象ないし社会問題として扱われるようになって以降、家庭料理も精神的にも豊かな生活の上で重要な要素として挙げる傾向が見られる。

これらの家庭料理では、毎日食べても飽きない主食を軸として、おかずを取り揃えて食べられる。なお家庭料理をする一人暮らしの者は、弁当や飲食店などで食事を済ませてしまう者と対比させる意図から調理することを自炊と呼ぶ。自炊することで調理の手間は掛かるが、生活コストが低減できる効果のほか、自身の生活能力を異性にアピールするような際にも自炊であることが取り沙汰される。

家庭料理の多くでは、調理用熱源が飲食店と比較してやや限定されることもあり、凝った料理がやや簡素化されるといった改変も見られる。こういった家庭的な合理主義の延長で、家庭料理はその家々で様々な変化の余地があるため、これがいわゆる「おふくろの味」として持て囃される傾向も見られないではない。

代表的な家庭料理 [編集]
以下に挙げるのは、該当国の家庭で広く食べられており、またその他の地域でも食べられている料理。なお地域色色濃いものに関しては郷土料理の項を参照して欲しい。

日本 [編集]
肉じゃが(明治時代に文明開化の影響もあって広まった)
野菜炒め(沖縄料理のチャンプルー風にしたものを含む)
カレーライス(元はインドからイギリスを経た香辛料料理を、米飯に合うようにしたもの)

中国 [編集]
点心(日本では餃子などが親しまれている)
包(日本では中華まんと呼ばれる)
チャーハン(ただし米飯を炒めた料理は幅広く存在し、無国籍化している)
ラーメン(アジア広域に類似する麺料理が存在し、日本でも独自のラーメンが発達している)

フランス [編集]
ポトフ

イタリア [編集]
パスタ
ニョッキ

ブラジル [編集]
フェイジョン

ロシア [編集]
ボルシチ
カーシャ

アメリカ合衆国 [編集]
マカロニ・アンド・チーズ
キャセロール
チキンスープ

国籍不詳 [編集]
地域ごとの変化も激しく無国籍化した家庭料理も含まれる

ポテトサラダ
ハンバーグ(料理の一部としても)
粥(穀物を緩く煮た料理は、世界各地にその類型が見られる)

スキミン ソーター ブロッキ レニア ツーリング ナスカ イジェクト ビッグ カット 管弦楽団 ユース イブ日本 バンコ ゾーニング フルスピ モンテ サクラ キット モメンタム スラング 波間 ヒロポン ハシソウ プレース ジャル めんだ トラベラ パロディ タイプ オーバー ウィグ パキラ そらち ダラー シロッコ バーベナ ダーク フリー スーツ マウス ネクタ ネチズ ヨット バリ デリン ブルーデー フェルト イーブン ブライ にしままい

2009年03月28日

女性解放運動

日本の女性解放運動は明治大正期から盛んになった。別に婦人運動、婦人解放運動などとも呼ばれる。世界における女性解放運動はフェミニズムの歴史

日本における女性解放運動 [編集]

明治維新からの女性解放政策 [編集]
日本では明治政府成立後の1872年に発令された芸娼妓解放令や福澤諭吉の唱えた男女同権論、あるいは1880年代の自由民権運動における景山英子、岸田俊子らによる婦人解放運動などが、女性解放運動の前史とされるが、反発も起こり十年ほどで急速にしぼんでしまう。
スイート ビジブル 神の蔵 梅最適 ノマド 天空の城 ほない スポー メセナ ノーブル ルピア レシピ ビーエル ナビサド インテーク オーバー ベックス イッシュー ムラグ おのいして ガーベラ バターケ ピッチ リアフレ デルレイ ソシオ ひるぜん ストロ ビジョナリー ミブーツ デポジット フレッ シンフ マザー ウルク たつごう キヨス モルツ トゼブラ シェルタ マホメ ふたみ せっさ マヌカン レクチン クロヨン プラグ ナッシ トーチ リョウ

推進政策 [編集]
1869年、関所を女性が自由に通行できるようになる。また津田真一郎(津田真道)という刑法官が女子売買の禁止の健白書を政府に提出。
1871年、津田梅子ら五人の少女が岩倉使節団で米国へ留学する。
1872年、芸妓と娼妓の無条件解放が布告され、公娼制度は残されたが制限された(下記の芸娼妓解放令)。女学校ができた。
1873年、妻からも離婚訴訟が出来るようになる。女子伝習所(女子のための職業訓練所)が開設される。
1874年、東京女子師範学校が設立される。

反発政策 [編集]
1885年、第一次伊藤博文内閣の文部大臣森有礼が「良妻賢母教育」こそ国是とすべきであると声明。翌年それに基づく「生徒教導方要項」を全国の女学校と高等女学校に配る。
1886年、矢島楫子により東京婦人矯風会が設立され、一夫一妻制の要求、廃娼運動、婦人参政権の要求、治安警察法の改正運動などが行われた。
1890年7月公布の「集会及政治結社法」にて女性の政治活動を禁止。女子は政談演説を聴きに行くことも禁じられ、戸外で三人以上集まる時は警察に届けなければならなくなった。

芸娼妓解放令 [編集]
1872年(明治5年)、マリアルス号事件(マリア・ルーズ号事件)が発生。人権問題の解消を促す流れの中で、芸娼妓解放令が出された。

日本初の女性参政権 [編集]
1878年(明治11年)、区会議員選挙で楠瀬喜多という一人の婦人が、戸主として納税しているのに、女だから選挙権がないことに対し高知県に対して抗議した。しかし県には受け入れてもらえず、喜多は内務省に訴えた。そして1880年(明治13年)9月20日、日本で初めて(戸主に限定されていたが)女性参政権が認められた。その後、隣の小高坂村でも同様の条項が実現した。

この当時、世界で女性参政権を認められていた地域はアメリカ合衆国のワイオミング準州や英領サウスオーストラリアやピトケアン諸島といったごく一部であったので、この動きは女性参政権を実現したものとしては世界で数例目となった。しかし4年後の1884年(明治14年)、日本政府は「区町村会法」を改訂し、規則制定権を区町村会から取り上げたため、町村会議員選挙から女性は排除された。

女性解放運動家の登場 [編集]
政府の反発政策に対して平塚雷鳥ら女性解放運動家が誕生し、政治的要求を正面に掲げた最初の婦人団体である「新婦人協会」もできる。女性に不利な法律の削除運動、女性の参政権獲得運動などがさかんになる。完全な女性参政権の獲得と言う大目標の達成には至らなかったが、女性の集会の自由を阻んでいた治安警察法第5条2項の改正(1922年・大正11)や、女性が弁護士になる事を可能とする、婦人弁護士制度制定(弁護士法改正、1933年・昭和8)等、女性の政治的・社会的権利獲得の面でいくつかの重要な成果をあげた。

『青鞜』運動
母性保護論争(平塚雷鳥、与謝野晶子、山川菊栄)

主な女性解放運動 [編集]
ウーマンリブ運動
廃娼運動
女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約の採択

2009年03月13日

ゼレナー・ホラの聖ヤン・ネポムツキー巡礼教会

ゼレナー・ホラの聖ヤン・ネポムツキー巡礼教会は、チェコのボヘミア地方とモラヴィア地方の境界に近いジュヂャール・ナト・サーザヴォウにある教会堂。[1]イタリア系でプラハを中心に活躍した建築家ヤン・サンティーニ=アイヘルの傑作とされている。サンティーニは建物と装飾の両面で、ボッロミーニ的なバロック様式にゴシック的要素を統合した。1994年にユネスコの世界遺産に登録された。

1719年、ローマ・カトリック教会によるヤン・ネポムツキーの列聖調査において、その舌が朽ちていないことが宣言された年、[2]ゼレナー・ホラ(「緑の山」の意)において、殉教者ヤン・ネポムツキーを記念する教会の建設工事が始まった。これはジュヂャール・ナト・サーザヴォウのシトー会修道院の大修道院長、ヴァーツラフ・ヴェイムルヴァ(Vaclav Vejmluva, 1670年 - 1738年)によるものである。
ピンク バター 天使ノタ マルチ 華の段 メロン カーリング ゲットー バイオガス ハンカチ ハンドマ チューリン バナナ レパシー サープラ ロザリ キンリー ウエス シェリフ アンソ チェロ さらくやし ピーエル ギング モノキ トリポ ラップカ ハイデ 枸橘 高麗人参 リベラル ワイル ブレーキ ちょうせき トレーダー カモミー アージュ リム いっきく おのえ フィナーレ ゴニウム ノギス ソフト スポイル マベパール ラクトース きわの マフィン ングイン

中世のゼレナー・ホラにはシトー会の修道院があり、近郊のネポムク出身のヤン・ネポムツキーもこの修道院で学んだ。しかし、これがフス戦争で焼失したため、ジュヂャール・ナト・サーザヴォウに新たにシトー会修道院が建設された。このことから修道院とゆかりのある殉教者に捧げる聖堂として聖ヤン・ネポムツキー巡礼教会がゼレナー・ホラに建設されることとなった。

1720年にヤン・ネポムツキーが列福されると、教会はまだ建設中だったにもかかわらず、1722年に献堂された。この聖人を記念する聖堂としては最初期のものである。多くの巡礼者を集め、1769年に完成した。

教会は1737年と1783年に2度、大火に遭った。1784年、皇帝ヨーゼフ2世はジュヂャール・ナト・サーザヴォウのシトー会修道院を解散させた。その後もシトー会は1792年から1793年にかけて聖堂の屋根やファサード、1794年から1802年にかけて回廊の修復を行なったが、資金難から屋根部分の修復は完全には行なわれず、そのデザインはオリジナルよりも簡素なものとなった。

特色 [編集]
この教会には聖ヤン・ネポムツキーにまつわるさまざまな象徴が、全体設計や内部装飾に大きく反映されている。

数字の5 [編集]
教会全体は5つの角のある星形の聖堂を中心に回廊が囲む構造となっており、5つの門がある。回廊内には五角形の小礼拝堂が5つあり、これらはそれぞれを点としたときに五角形となるように並んでいる。聖堂内の5つの壁龕には主祭壇とマタイ・マルコ・ルカ・ヨハネの4人の福音書記者たちの副祭壇がそれぞれおかれ、主祭壇には5つの星がついた球の上に聖ヤン・ネポムツキーが立ち、5人の天使がその周囲に配された構図となっている。[3]

数字の5は聖ヤン・ネポムツキーの象徴の1つである。これにはさまざまないわれがあり、聖ヤン・ネポムツキーが王の怒りをかって殉教し、ヴルタヴァ川に遺体を投げ捨てられた際に空に5つの星が輝いたという伝説によるというもの、告解の秘密を守り通したという逸話からラテン語のtacui(「私は沈黙した」の意)の文字数にちなんだとするもの、キリストの聖痕の数を象徴するというものなどがある。

数字の3 [編集]
聖堂には丸みを帯びた正三角形の窓がある。主祭壇の聖ヤン・ネポムツキーの頭上には3人の小天使(プット)が配置され、丸みを帯びた正三角形から聖人に向かって光が降り注いでいる。これらの数字の3は三位一体を表すものとされているが、この教会における数字の5と3については、この聖人が53歳で没したからとする説明もある。[4]もっとも、聖ヤン・ネポムツキーの生年ははっきりとはわかっていない。

星 [編集]
聖堂が星形となっているのをはじめ、主祭壇や聖堂の外観や回廊などにも星形の装飾がある。ローマ・カトリックにおいて星を象徴にもつ聖母マリアの星も回廊の形状などに表わされている。8つの角のある星も5つあり、これらはシトー会を表わすという。

舌 [編集]
聖堂のクーポラ(丸天井)には炎に囲まれた舌が描かれている。これは聖ヤン・ネポムツキーの聖遺物であると同時に、王妃の秘密を明かさなかったというこの聖人の伝説に基づくものである。聖堂には鞘に収められた剣のような形の窓があり、これらも聖人の舌を象徴したものと考えられている。

2009年02月24日

幻星神ジャスティライザー

かつて地球を襲った侵略宇宙人カイザーハデスは、地球を守るライザー星人ノルンとの戦いに敗れ、封印されていた。しかしそれから450年の月日がたち封印が弱まり、再び地球は侵略の脅威にさらされていた。

ハデス軍の宇宙怪獣が地球を襲ったその時、天堂澪が先祖から受け継いでいた怪獣型土偶が割れ、中から現れた水晶「ジャスティ・クリスタル」から光が発せられる。その光は伊達翔太、真田ユカ、平賀真也の3名に宿り、ノルンの幻影が地球を守る戦士ジャスティライザーとしての使命を告げるのであった。

本作のストーリーは平均17話ごとに区切られる3部構成となっている。

第1部(第1話 - 第16話)
カイザーハデスを復活させようとするドクターゾラとのステラプレート争奪戦。
第2部(第17話 - 第33話)
復活したカイザーハデスとその部下デストコマンド達との激しい戦いが繰り広げられる。
第3部(第34話 - 第51話)
新たなる敵、ダルガ帝国軍に3人のジャスティライザーとライザー星の騎士リゲル(デモンナイト)が立ち向かう。
『超星神シリーズ』第2作として製作された本作は、主役ヒーローやそれを取り巻く周囲の登場人物の数が大所帯だった前作との差別化を図り、主役ヒーローの数を3名に絞り、彼らを取り巻く人物も少人数に設定して番組をスタートさせた。レギュラーの数を絞った分、主役ヒーロー個々の戦闘スタイルを剣術、格闘、射撃に分けたことで変身後の個性をより反映させる演出が試みられた。また、主役が高校生2人と大学生1人という組み合わせであり、ほぼ敵側との攻防戦に物語の重点を置いていた前作とは対照的に、主役側の日常生活や友人・家族関係が物語に描かれている点も本作の特徴となっている。
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この節は執筆中です。加筆、訂正して下さる協力者を求めています。

ジャスティライザー
伊達翔太(だて しょうた) = ライザーグレン……伊阪達也
聖台高校2年。剣道が得意だが部活動はしていない。猪突猛進な性格で、よくユカや真也に突っ込まれる。趣味はホンダ・PS250を乗り回す事。ユカを守りたいという意思が強い。名前の由来は伊達政宗と思われる。
真田ユカ(さなだ ゆか) = ライザーカゲリ……神崎詩織
聖台高校2年。ラクロス部キャプテン。普通の女子高生に戻りたいと思いつつも、ジャスティライザーとしての使命に力を注ぐ。名前の由来は真田幸村と思われる。
平賀真也(ひらが しんや) = ライザーガント……井坂俊哉
京南大学2年。ロボット工学を学ぶ。幼い頃に科学者の両親が自分を置いて渡米したため、人付き合いが苦手だった。愛車はホンダCR-V。澪に気がある。名前の由来は平賀源内と思われる。

ジャスティライザーの仲間
神野司郎(じんの しろう) = デモンナイト……波岡一喜
18話から登場。元になった人間については劇中では語られていない。デストコマンドの一人、暗黒騎士デモンナイトとして現れ、ジャスティライザーに戦いを挑むが、卑怯な戦法を嫌い他のデストコマンドの攻撃を妨害することもあった。
ハデスによって記憶を消されていたが、ノルンの弟でライザー星の騎士リゲルである事が判明し、ジャスティライザーと和解、共闘する。
最終話で翔太たちに別れを告げ、ライザー星復興のため、リュウトで地球を後にした。
天堂澪(てんどう みお)……江口ヒロミ
戦国時代の姫の末裔。先祖からジャスティクリスタルを引き継ぐ。幼い頃両親を亡くして本宮家に預けられ、麗香を姉のように慕う。料理のセンスは無茶苦茶。星神島から上京した際、ホンダ・ストリームを一括払いで購入するお金持ち(但し彼女は免許がなく、麗香が運転する)。真也と相思相愛になっていく。
本宮麗香(もとみや れいか)……小澤栄里
先祖代々天堂家に仕える女性。澪のボディガードであり、ザコールとなら互角に戦える。何故かスターリングを使えた。当初は敵だった神野を毛嫌いしていたが、段々信用できるようになった。
伊達源太郎(だて げんたろう)……中村有志
電器店を経営する翔太の父。ジャスティライザーの事を知り、彼らの精神的支えとなる。
松平健一(まつだいら けんいち)……正名僕蔵
伊達電器店の店員。ジャスティライザーの事は知らない。本作品のコメディリリーフというべき存在である。41話で里見真央(菅真紀)という彼女ができる。名前の由来は江戸時代の松平家からだと思われる。
市川徹(いちかわ とおる)……内田明
翔太の親友で野球部員。姉が入院中で、その息子である星野和也(片岡涼)を翔太達に押し付け、デートに行ってしまう軽い性格。
瀬川麻美(せがわ あさみ)……久保麻衣子、松原理緒(まつばら りお)……鳥井綾乃
ユカと同じラクロス部員。真也を「シン様」と慕う。
九条公康(くじょう きみやす)……冨田昌則
44話から登場した、国防省対異星人特殊作戦課司令官。同期の白河に先に出世され、不真面目な態度を取る。初めは「ジャスティライザーは侵略者だから捕らえろ」と言う白河の命令を渋々聞いていたが、彼の異常な行動に気付き、没収したインローダーを翔太達に返す。名前の由来は九条頼経か。
白河信介(しらかわ しんすけ)……かなやす慶行
国防省対異星人特殊作戦課特務局長で、九条の上司。アドロクスに憑依され、ジャスティライザー攻撃命令を出してしまう。その後は彼等の援護にまわる。名前の由来は白河天皇と思われる。

ハデス軍
カイザーハデス→巨大カイザーハデス……声:谷口節
地球征服を狙う異星人。450年前にステラプレートで地球に封印されていたが16話で解ける。33話で巨大カイザーハデスになるが、ジャスティカイザーに倒される。兄である魔神ダルガを倒し、頂点に立とうとしていた。
ドクター・ゾラ……声:五十嵐麗
カイザーハデス復活を企む女科学者。サイバーナイトやサイバービーストでジャスティライザーと戦うが、16話でニンライザーに倒される。42、43話で復活するが、グレンとカゲリによって倒された。
ゼネラル・バッカス……声:斧アツシ
17話から登場したゾラの後任の地上攻撃師団長。カイザーハデス親衛隊デストコマンドのリーダー。30話でライザーシロガネに倒される。ゾラと共に復活したが、ガントとデモンナイトによって倒された。
戦闘兵士ザコール
ハデス軍、ダルガ帝国軍の一般戦闘員。黒い体には模様が入って居り、ドクター・ゾラのザコールの模様の色は金色、ゼネラル・バッカスのザコールの模様の色は銀色、ダルガ帝国軍のザコールの模様の色は赤色。

ダルガ帝国軍
魔神ダルガ→暗黒魔神クロガネ→巨大クロガネ……声:松本大
34話から登場したハデスの兄にしてダルガ帝国軍の支配者。ハデス軍滅亡を受けて地球に攻め込む。
47話でライザーパワーを得て、暗黒魔神クロガネに変身する。クロガネはジャスティパワーの化身シロガネと対を成すライザーパワーの化身。本来はデモンナイトが秘めていた力だが、ダルガが発動寸前にライザーパワーを奪う。生身でライゼロスや星神獣を破壊するほどの力を持つ。最終話で巨大クロガネになるが、巨大シロガネに敗れ去った。
コマンダー・アドロクス……声:遠近孝一
ダルガ帝国軍レジェンダーズの司令官。オカマ口調が特徴。度重なる失態の末、ダルガに見切られ、第45話で死亡。
レジェンダー・ドレイク……声:泉龍太
魔神ダルガの側近。その力はコマンダー・アドロクスを凌ぐ。ライザー星での戦いで、マイア姫を暗殺した。

主なゲストキャラクター
ノルン……川合千春
450年前に澪の先祖達と共にハデスを封印したライザー星の科学者でリゲルの姉。
武田広之(たけだ ひろゆき)……小谷嘉一
先祖代々ステラプレートを守ってきた青年。敵の気配を感じる事ができる。
ミラ……中野知世
34、35話で登場のライザー星レジスタンス。伝説の騎士を求めて地球に来るが、アドロクスに殺害される。
マイア姫……伊藤紅音
リゲルと相思相愛のライザー星の姫だったが、ドレイクに暗殺される。48話の神野の回想シーンのみの登場。

元・グランセイザー
伝通院洸……芹沢秀明
30話に登場。詳しくは超星神グランセイザーの「伝通院先生」の項を参照。
獅堂未加……清水あすか
35話に登場。ハデスを倒すも新たな敵の出現で普通の生活に戻れず泣き出すユカを、翔太が泣かしたと勘違いし、彼を蹴飛ばしてしまう。
松坂直人……高原知秀
42、43話に登場。翔太は「伝説の格闘家」である彼のファンだが、他の一行は彼を知らない。ユカの命と引き換えにインローダーを失い落ち込む翔太を道場に連れ込み、スパーリングをする。その後グレンに再び装着し戦う翔太の姿を、かつての盟友である弓道天馬(セイザータリアス)と重ね合わせる。その強さは健在で、数体のザコールに襲撃されるも、簡単に倒してしまった。
(その際、一瞬だけセイザータウロンの姿になっていたが、詳細は不明)

ジャスティライザー
ライザーグレン(スーツアクター:新上博巳)
伊達翔太が変身アイテム「インローダー」をチャージライザーにセットすることにより装着する「勇」の戦士(接近戦タイプ)。武器は「グレンソード」。必殺技はグレンソードを用いたレイジングフレイムとフラッシュブレイザー。そのデザインのモチーフは戦国時代の鎧武者。
ライザーカゲリ(スーツアクター:齋藤恵美子)
真田ユカが装着する「仁」の戦士(スピードタイプ)。武器であるカゲリストライカーはクロー形態「クローアタッカー」に変化でき、内部にカゲリダガーを収納している。必殺技はファントムクラッシュ。デザインのモチーフはくノ一。
ライザーガント(スーツアクター:福田亘)
平賀真也が装着する「智」の戦士(射撃戦タイプ)。武器であるガントスラッガーは短銃形態「ガントショット」から強化形態ガントバスター、ライフル形態「ガントライフル」に変化可能。必殺技はガントバスター形態で放つバーサスカノン、ライフル形態で放つスラストシュート。デザインのモチーフは山伏。
ライザーシロガネ(スーツアクター:新上博巳)
3人の力を天堂澪の持つジャスティクリスタルにエネルギーを集中(ジャスティスパーク)することによりグレンが二段変身する。武器は「ジャスティアームズ」。普段は剣形態「ジャスティブレード」だが、必要に応じ、銃形態「ジャスティブラスター」、槍形態「ジャスティランサー」に変形する。必殺技はブレード形態で放つジャスティクラッシュ。最強の力を持つが、変身する翔太とジャスティパワーを送る澪の体力を消耗するため、むやみに使えない。似たような設定のパワーアップとして「爆竜戦隊アバレンジャー」のアバレッド→アバレマックスがある。
デモンナイト(スーツアクター:白濱孝次)
神野司郎(リゲル)がクラストオンして変身。武器は青龍刀のような「ナイトシュバート」。必殺技はナイトシュバートを光球にして発射するナイトクリーバー及びその強化版であるファイナルナイトクリーバー。専用メカはないが、ライゼロスやリュウトにダイブイン可能。
巨大シロガネ
ジャスティライザー3人と澪のジャスティクリスタルのジャスティパワー、神野のブレスレットのライザーパワー、さらに幻星神全てのエネルギーが合体し、巨大化したシロガネ。最終話で巨大クロガネにとどめを刺す。今のところ超星神シリーズ唯一の巨大ヒーロー。

メカ
幻星獣ライゼロス
幻星神の中核となる怪獣型ロボット。ジャスティライザーなら3人の内誰でも召喚でき、ダイブイン(搭乗)して操縦する。武器は口から火炎を放つゼロスフレア、肩から発射するゼロスキャノン、胸についた回転鋸ゼロスクラッシャー、低空飛行しながら体当たりするクラウドダッシュ。星神獣とは排他的合体するものと思われたが、50話で3体ある事が判明し、幻星神を3体同時に出撃することが可能となった。頭部と回転鋸は東宝の特撮映画ゴジラシリーズに登場する怪獣ガイガンに、形状自体は同じくゴジラシリーズに登場するメカゴジラに似ている。
星神獣エンオウ
グレンが召喚する鳳凰型マシン。星神獣はコクピットを持たず、召喚したメンバーがライゼロスのコクピットの中から指示を出す。マッハ5.5で飛ぶ。主武装は機首から三日月型のビームを展開して発射するブレイブクレッセント、首の付け根と両翼に下にある銃口から1秒に30発連射するパルスビームのフェニックスバルカン、プラズマを発生させた翼で敵を切り裂く必殺技シャイニングスライサー。ライゼロスと合体し、幻星神ケンライザーとなる。
星神獣ランガ
カゲリが召喚する虎型マシン。格闘戦が得意な地を駆ける野獣。格闘戦を得意とするランガは他の星神獣と比べて武装が少ないが、野獣の闘争本能を持っていて、俊敏な動作で敵を翻弄する。武装は爪で敵を切り裂くスラッシュクローと、咆哮と共に衝撃波を発射する必殺技ハウリングバースト。ライゼロスと合体して幻星神ニンライザーとなる。
星神獣コウキ
ガントが召喚する亀型マシン。全身の中で特に甲羅の装甲は厚く、甲羅の一部を展開して敵の光線を反射させることができる。主な武装はスリットから発射するパドルシューター、3連大型ミサイルのタートルミサイル、甲羅に並んだ円形の発射口から放射状に発射される電撃タートルサンダー。ライゼロスと合体して幻星神ジュウライザーとなる。
星神獣リュウト
シロガネが召喚する双頭龍型マシン。星神獣では唯一コクピットを持ち、ジャスティパワーを制御するため、シロガネが直接ダイブインし、ライゼロスと合体して幻星神ジャスティカイザーになる。武装は両方の口から反重力光線を発射するダブルショックバスター。ゴジラシリーズに登場する怪獣キングギドラに似た外観を有するが、首は2本である。
格納衛星シェイドスター
ライゼロスと星神獣の母艦。ノルンの魂が宿っており、ジャスティライザーに力を貸すが、最終話でクロガネに破壊される。
戦闘要塞惑星ディグロス
ダルガ帝国軍の母艦。ブルガリオを大量生産し、地球に送り込む。地球のアジトをジャスティライザーに破壊されたクロガネが逃げ込み、ギガトロン砲で地球を破壊しようとするが、ケンライザーに阻止される。

幻星神
ライゼロスと星神獣が合体して完成する人型巨大ロボット。ジャスティカイザー以外の幻星神も1人で操縦可能だが、3人のときに比べるとパワーは落ちる。

幻星神ケンライザー(6話 - )
幻星獣ライゼロスと星神獣エンオウが合体して完成する幻星神。3人搭乗時にはグレンがメインで操縦し、ガントとカゲリはサポートに回る。
白兵戦を得意とし、グレンの持つ「勇」の力を炎に変えて様々な技を繰り出す。主武装は、背中に装備している二本の剣「勇凰剣ライザーセイバー」、技は超高熱プラズマを発生させて繰り出すチョップ技「アームブレイザー」、両肩のエンブレムから炎の竜巻を発生させ、敵を焼き尽くす「ライザーバーン」。必殺技はライザーセイバーを合体させて放つメガヒートスラッシュ、刀身を発熱させた二本の剣で敵を十文字に切り裂くクロスファイアーバースト。
どの能力もバランスが取れているため、能力の偏った敵に弱い。
幻星神ジュウライザー(8話 - )
ライゼロスとコウキが合体する幻星神。メイン操縦者はガント。
ガントの持つ「智」の力を電気エネルギーに変えて、様々な技を繰り出す。主武装は、背中に装備された二門の速射ビーム砲「ライザーキャノン」と頭部に装備された大型砲「智玄砲ライザーバスター」。必殺技は全ウエポンを一斉射撃し敵を吹き飛ばすサンダーバースト。
防御力が高く遠距離攻撃できるのが利点だが、機動力に欠ける。
幻星神ニンライザー(16話 - )
ランガとライゼロスが合体した幻星神。メイン操縦者はカゲリ。
カゲリの持つ「仁」の力を風の力に変えて、様々な技を繰り出す。主武装は、両手に装備されていてプラズマを発生させ威力を倍増できるクロー状の武器「仁爪牙ライザーストライカー」、咆哮と共に口から衝撃波を発射する「ハウリングバースト」。必殺技は両肩から竜巻を発生させ、敵をキャッチしてビームクローで切り刻むタイフーンスライサー。
高速戦闘を得意としていて、超高速移動で敵を翻弄しながら攻撃する。設定上はパワーアップ形態「ブレイズモード」になれるが、本編には登場しなかった。しかし『劇場版セイザーX』ではボスキートの巨大化した姿である偽ニンライザーがブレイズモードで登場した。
幻星神ジャスティカイザー(33話 - )
幻星神ライゼロスと星神獣リュウトが合体して完成する究極の幻星神。あまりに強力なジャスティパワーを使用するためにシロガネにしか操縦できない。
全身にジャスティパワーを応用した強力な武装を搭載している。主武装は、ツノから発射する「グリッターホーン」と巨大な爪で敵を切り裂く「ジャスティグラスパー」、肩から発射する「ブレイブシューター」と「ジャスティバースト」。必殺技は全てのジャスティパワーを集中して放射し敵を消滅させるジャスティノヴァ。
他の幻星神を遥かに超えるパワーを持ち、ジャスティパワーをフル出力することも可能な最強の幻星神である。しかし、その反面、澪に大きな負担を与えてしまうために長時間活動することは出来ない。
『ゴジラvsデストロイア』登場した怪獣デストロイアに似た外観となっている。
最終話でリュウトが神野と共にライザー星に帰ったため、『劇場版セイザーX』には未登場。

アイテム
インローダー
翔太、ユカ、真也がジャスティライザーに変身する為の道具で、通信機能も有する。デザイン及びネーミングは「印籠」から取られていると思われる。
ジャスティクリスタル
ノルンが澪の先祖に預けた水晶。ペンダントになっており、澪は常に首に掛けている。ジャスティパワーを持ち、澪を敵の攻撃から守ったり、グレンをシロガネに変身させたりする。邪悪な心の持ち主は触る事が出来ないが、ハデスもダルガも狙っていた。
ステラプレート
ノルンがハデスを封印するのに使用した石板。全部で8枚あり、その内1枚は既にゾラが持っていたが、それは他の7枚を先に破壊しないと壊せないものだった。ジャスティライザーの阻止も虚しく、16話で全て破壊され、ハデスの復活を許してしまった。
スターリング
ミラがライザー星伝説の騎士リゲルに渡す為に持っていた指輪。ジャスティクリスタルと同じ物質と思われる水晶がはめ込まれている。ミラの死後は神野が持ち、その後麗香に渡される。麗香はこれでデモンナイトにパワーを送っていたが、クロガネへの変身能力をダルガに奪われた際に消失する。

エンディングアイキャッチ
12人ものヒーローが存在した『超星神グランセイザー』と違って3人の装着後のヒーローが変わり交代で次回の視聴を誘った為、これといった変化がなく、やや印象が薄い。テレビ東京系では、各局の判断にゆだねられ、局によっては独自のCMに差し替えられた。独立UHF局とAT-Xでは、見ることが出来た。最終回では、『超星艦隊セイザーX』のライオセイザーが「今度は俺が地球を守るぜ!」と登場した。

2009年02月08日

日本政府案の作成と議会審議

2月13日に日本政府に提示された「マッカーサー草案」は、先に日本政府が2月8日に提出していた「憲法改正要綱」(松本試案)に対する回答という形で示されたものであった。提示を受けた日本側、松本国務大臣と吉田茂外務大臣は、総司令部による草案の起草作業を知らず、この全く初見の「マッカーサー草案」の手交に驚いた。[21]
バニラ ラバー 野かんぞう シバナ ナムル 青じそ ネムノ マンナン シュミー 春の小川 スキル マルシー フライ イノベー フェロール ウシカ おすすめ ライフ シュー スタイ ラードダ カタクリ 桜桃 ステッカ バイオ ドリフト テキス サイト刈穂 ルクラス シャンパン ピン幸運 ドラキュラ ヨード パレス トレー しりもち くさなぎ アックス すたー るはーぶ ワイルド ぴおーね 天使のア シスタ リライト ランス ナルキ サイバ グロブリン ポイント

「マッカーサー草案」を受け取った日本政府は、2月18日に、松本の「憲法改正案説明補充」[22]を添えて再考するよう求めた。これに対してホイットニー民政局長は、松本の「説明補充」を拒絶し、「マッカーサー草案」の受け入れにつき、48時間以内の回答を迫った。2月21日に幣原首相がマッカーサーと会見し、「マッカーサー草案」の意向について確認。翌22日の閣議で、「マッカーサー草案」の受け入れを決定し、幣原首相は天皇に事情説明の奏上を行った。

2月26日の閣議で、「マッカーサー草案」に基づく日本政府案の起草を決定し、作業を開始した。松本国務大臣は、法制局の佐藤達夫・第一部長を助手に指名し、入江俊郎・次長とともに、日本政府案を執筆した。3人の極秘作業により、草案は3月2日に完成した(「3月2日案」[23])。3月4日午前10時、松本国務大臣は、草案に「説明書」を添えて、ホイットニー民政局長に提示した。総司令部は、日本側係官と手分けして、直ちに草案と説明書の英訳を開始した。英訳が進むにつれ、総司令部側は、「マッカーサー草案」と「3月2日案」の相違点に気づき、松本とケーディス・民政局行政課長の間で激しい口論となった。午後になり、松本は、経済閣僚懇談会への出席を理由に、総司令部を退出した。夕刻になり、英訳作業が一段落すると、総司令部は、続いて確定案を作成する方針を示した。午後8時半頃から、佐藤・法制局第一部長ら日本側とともに、徹夜の逐条折衝が開始された。成案を得た案文は、次々に首相官邸に届けられ、3月5日の閣議に付議された。5日午後4時頃、総司令部における折衝はすべて終了し、確定案が整った。閣議は、確定案の採択を決定して「3月5日案」[24]が成立、午後5時頃に幣原首相と松本国務大臣は宮中に参内して、天皇に草案の内容を奏上した。翌3月6日、日本政府は「3月5日案」の字句を整理した「憲法改正草案要綱」(「3月6日案」[25])を発表し、マッカーサーも直ちにこれを支持・了承する声明を発表した。日本国民は、翌7日の新聞各紙で「3月6日案」の内容を知ることとなった。国民にとっては突然の発表であり、またその内容が予想外に「急進的」であったことから衝撃を受けたものの、おおむね好評であった。[26][27]

3月26日、国語学者の安藤正次博士を代表とする「国民の国語運動」が、「法令の書き方についての建議」という意見書を幣原首相に提出した。これを主たる契機として、憲法の口語化に向けて動き出した。4月2日、憲法の口語化について、総司令部の了承を得て、閣議了解が行われ、翌3日から口語化作業が開始された。まず、作家の山本有三に前文の口語化を依頼し、作成された素案を参考にして、入江・法制局長官、佐藤・法制局次長、渡辺佳英・法制局事務官らの手により、5日に口語化第1次案が閣議で承認された。[28]4月16日に幣原首相が天皇に内奏し、まず憲法を口語化した後、憲法の施行後には順次他の法令も口語化することを伝えた。

4月10日、衆議院議員総選挙が行われた。総司令部は、この選挙をもって、「3月6日案」に対する国民投票の役割を果たさせようと考えた。しかし、国民の第一の関心は当面の生活の安定にあり、憲法問題に対する関心は第二義的なものであった。選挙を終えた4月17日、政府は、正式に条文化した「憲法改正草案」[29]を公表し、枢密院に諮詢した。4月22日、枢密院で、憲法改正草案第1回審査委員会が開催された(5月15日まで、8回開催。)。同日に幣原内閣が総辞職し、5月22日に第1次吉田内閣が発足したため、枢密院への諮詢は一旦撤回され、若干修正の上、5月27日に再諮詢された。5月29日、枢密院は草案審査委員会を再開(6月3日まで、3回開催。)。この席上、吉田首相は、議会での修正は可能と言明した。6月8日、枢密院の本会議は、天皇臨席の下、第二読会以下を省略して直ちに憲法改正案の採決に入り、美濃部達吉・顧問官を除く起立者多数で可決した。

これを受けて政府は、6月20日、大日本帝国憲法73条の憲法改正手続に従い、憲法改正案を衆議院に提出した。衆議院は6月25日から審議を開始し、8月24日、若干の修正を加えて[30]圧倒的多数(421票。日本共産党などの8名が反対[31])で可決した。

続いて、貴族院は8月26日に審議を開始し、10月6日、若干の修正を加えて[32]可決した。翌7日、衆議院は貴族院回付案を可決し、帝国議会における憲法改正手続はすべて終了した。


芦田修正について
なお、憲法改正草案の衆議院における審議の過程では、芦田修正と呼ばれる修正が行われた[33]。芦田修正とは、憲法議会となった第90回帝国議会の衆議院での憲法改正草案第9条の修正作業である。当時の衆議院帝国憲法改正小委員会委員長・芦田均の名を冠して芦田修正と呼ばれる。芦田修正の経緯は以下の通り。

まず、帝国議会に提出された憲法改正草案第9条の内容は、次のようなものであった。

第9条 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては永久にこれを抛棄する。
陸海空軍その他の戦力の保持は許されない。国の交戦権は認められない。
衆議院における審議の過程で、この原案の表現は、いかにも日本がやむを得ず戦争を放棄するような印象を与え、自主性に乏しいとの批判があったため、このような印象を払拭し、格調高い文章とする意見が支配的であった。そこで、各派から、様々な文案が示され、これらを踏まえて、芦田委員長が次のような試案(芦田試案)を提示した。

日本国民は、正義と秩序とを基調とする国際平和を誠実に希求し、陸海空軍その他の戦力を保持せず、国の交戦権を否認することを声明する。
前項の目的を達するため国権の発動たる戦争と武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
芦田試案について、委員会で懇談が進められ、1項の文末の修正や1項と2項の入れ替えなどについて、原案をもとにすることなどがまとまった。芦田委員長は、これらの議論をまとめて案文を調整し、最終的に次のように修正することを決定した。

第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
この修正について、総司令部側からは何ら異議もなく、成立に至った[34]。芦田修正では、「前項の目的を達するため」という一文が、後に9条解釈をめぐる重要な争点の一つとなり、芦田の意図などについても論議の的となった。

日本国憲法の公布と施行

1946年(昭和21年)10月29日、「修正帝国憲法改正案」を全会一致で可決した枢密院本会議の模様。帝国議会における審議を通過して、10月12日、政府は「修正帝国憲法改正案」を枢密院に諮詢(19日と21日に審査委員会。)した。10月29日、枢密院の本会議は、天皇臨席の下で、「修正帝国憲法改正案」を全会一致で可決した(美濃部・顧問官など2名は欠席。)。同日、天皇は、憲法改正を裁可した。11月3日、日本国憲法が公布された。同日、貴族院議場では「日本国憲法公布記念式典」が挙行され、宮城前では天皇・皇后が臨席して「日本国憲法公布記念祝賀都民大会」が開催された。

1947年(昭和22年)5月3日に、日本国憲法は施行された。同日には、天皇臨席の下、皇居前広場で「日本国憲法施行記念式典」が開催された。1948年(昭和23年)には、5月3日は憲法記念日とされ、「日本国憲法の施行を記念し、国の成長を期する。」ための国民の祝日とされている。

占領下における日本国憲法の効力
日本国憲法が1947年5月3日施行されたものの、日本が独立を回復する1952年4月28日まで、占領下であったことから完全な効力を有していなかった。最高裁は、1953年4月8日の大法廷判決(刑集7巻4号775頁)において、日本国の統治の権限は、一般には憲法によって行われているが、連合国最高司令官が降伏条項を実施するためには適当と認める措置をとる関係においては、その権力によって制限を受ける法律状態におかれているとして、連合国司令官は、日本国憲法にかかわることなく法律上全く自由に自ら適当な措置をとり、日本官庁の職員に対し指令を発してこれを遵守実施することができるようにあったと判断している。そして、いわゆるポツダム命令の根拠となった「ポツダム」宣言ノ受諾ニ伴ヒ発スル命令ニ関スル件(昭和20年勅令第542号)について、憲法の外で効力を有したものと判断している。

その意味で、日本国憲法が完全に効力を有するようになったのは、1952年4月28日のサンフランシスコ平和条約の発行により、日本に対する占領が終了したときということができる。

さらに、主権回復時に米軍の占領下にあった地域(すなわち奄美、小笠原、沖縄)について、憲法の効力が完全に及ぶまではさらに時間を要し、その返還のときすなわち奄美(1953年12月25日)、小笠原(1968年6月26日)、沖縄(1972年5月15日)となった。そして、日本政府が実効支配していない、北方領土及び竹島については、憲法の効力は未だ完全に及んでいないことはいうまでもない。

議論

成立の法理
日本国憲法の制定過程において瑕疵があるか否か、また、その瑕疵があるとして、これがため憲法自体が無効とされるか否かについても議論がある。関連項目一覧や記事中リンクなども別途参照されたい。

大日本帝国憲法の改正の限界
日本国憲法は、大日本帝国憲法に定める改正手続(第73条[35])を経て成立している。しかし、その内容において、主権(統治権)が「天皇」から「国民」へ移っているため、憲法改正には一定の限界があるとする立場(憲法改正限界説)からは、日本国憲法は大日本帝国憲法の改正憲法ではなく、全く新しい別個の憲法であり、しかも、それは、国民自らが制定した民定憲法であるとする。

この点について、憲法改正限界説に立ちつつ、これを整合的に無難に説明する見解としては、八月革命説がある。この説は、天皇及び日本政府が1945年(昭和20年)8月にポツダム宣言を受諾したことで、国民の憲法制定権力を認めて主権の所在が変更し、法学的意味での革命が行われたとする。その結果、大日本帝国憲法は、改正条項も含めて、ポツダム宣言の趣旨と矛盾する限りにおいて失効した。にもかかわらず大日本帝国憲法の改正手続を用いて新憲法を制定したのは、新旧両憲法の間に法的連続性の外観を与えることにより、急激な価値転換により惹起される混乱を予防しようとする政策的意図によるものと説明する[36]。

また、憲法改正無限界説によれば、改正手続きが正しく行われれば主権の所在を変更することも可能であるから、主権が移動したこと自体は特に問題とされない。なお、憲法改正無限界説に立ちつつ、日本国憲法は、その制定過程から見て大日本帝国憲法の全部改正であって新憲法の制定ではなく、欽定憲法であって民定憲法ではないとする見解もある(全部改正説)[37]。

この点について、日本政府は、憲法改正限界説・無限界説のいずれに立つか明示することなく、「日本国憲法は、大日本帝国憲法の改正手続によって有効に成立したものであって、その間の経緯については、法理的に何ら問題はないものと考える。」と表明している[38]。

占領軍の関与
日本国憲法は、アメリカ合衆国軍を中心とする連合国軍が日本を間接統治していた1946年(昭和21年)に公布され、翌1947年(昭和22年)に施行されている。さらに、その立案・制定過程においても、連合国軍総司令部が大きく関与している。このため、改正作業が行われている最中から、占領軍による憲法改正作業への介入に異議が唱えられ、日本国憲法の成立後も、同憲法は国際法上無効ではないかという押し付け憲法論が唱えられた。この立場には、日本国憲法はその制定手続と内容から無効であるとする説、または、日本国憲法は占領下では効力を有するとしても、占領終結によって失効すべきものであるとする説がある。この点については、ハーグ陸戦条約43条との整合性が問題とされている。

ハーグ陸戦条約第43条は、次のように定めている。

第43条
国の権力が事実上占領者の手に移りたる上は、占領者は、絶対的の支障なき限り、占領地の現行法規を尊重して、成るべく公共の秩序及び生活を回復確保する為、施し得べき一切の手段を尽くすべし。(原文は旧字体、カタカナ書き。)
この定めによれば、日本国憲法は、占領という異常事態の下で、しかも、占領軍の圧力に屈して制定されたものであるから、同条に違反し、日本国憲法は無効であるとする[39]。こうした主張に対しては、ハーグ陸戦条約は交戦中の占領軍にのみ適用されること、日本の場合は交戦後の占領であり、したがって、原則としてその適用を受けないこと、仮に適用されるとしても、ポツダム宣言・降伏文書という休戦協定が成立しているので、特別法は一般法に優先するという原則に従い、休戦条約(特別法)が陸戦条約(一般法)よりも優先的に適用されることなどが指摘されている[40]。

なお、日本政府は、この点について、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則中の占領に関する規定は、本来交戦国の一方が戦闘継続中他方の領土を事実上占領した場合のことを予想しているものであって、連合国による我が国の占領のような場合について定めたものではないと解される。」と答弁している[41]。

制定過程に外国人(強いていうならば占領軍)が関与した点については、議論が今もなお続いている。もっとも、新憲法成立後多くの国民がそれを支持し、朝鮮戦争時に改正を打診された政府も「その必要なし」と回答、さらに新憲法下で数十年にわたって無数の法令の運用がなされた今、憲法は無効だという主張は少数となった。憲法は慣習として成立したと説明されることもある。一方で憲法改正におおいに関与したアメリカは1956年6月14日の上院外交委員会秘密会で国務次官補ロバートソンがハンド議員の質問に答え、アメリカが押しつけたものだと証言した。また、駐日大使を務めた、エドウィン・O・ライシャワーは著書の中で「日本人自身によって制定されたものではなかったのだ。」としている。

なお、極端なものだが、マッカーサーを事実上天皇の摂政であったとし、(当時は有効であった)大日本帝國憲法第七十五條の摂政をおいた期間での憲法・皇室典範変更を禁じる条文に反する[42]ので、現在の憲法は当時の憲法に違憲であり無効ではないかという意見[要出典]がある。一般にマッカーサーは摂政とはみなされていない。摂政及び国事行為臨時代行は、成年に達した皇族が1.皇太子、皇太孫2.親王及び王3.皇后4.皇太后5.太皇太后6.内親王及び女王の順位で就任する。

憲法改正手続
日本国憲法の改正のための要件は、第96条に規定されており、通常の立法のための要件よりも加重されたものとなっている(硬性憲法)。それによれば「各議院の総議員の三分の二以上の賛成」に基づき国会が憲法の改正を発議し、国民投票による「その過半数の賛成」による承認を必要とするものとされている。当該国民投票を実施するための細則については新たに法令によりこれを定める必要がある(2007年日本国憲法の改正手続に関する法律が制定された)。

そのほか各種の議論
基本理念についての議論
基本的人権の尊重に関して
天皇は元首か - 第1条、元首
女帝、生前退位は認められるか:憲法上は触れられていない。- 第2条、皇室典範。
国家安全保障上の不備 - 第9条
私学助成の制度は第89条に違反しているのではないか。 - 私立学校振興助成法
検察官の無罪判決に対する上訴は第39条の二重の危険の禁止に反しているのではないか。

憲法典に述べられていない問題
日本の憲法の主たる法源は、日本国憲法(形式的意味の憲法)である。ここでは、日本国憲法には述べられていない憲法上の問題について述べる。

領土
ゲオルク・イェリネックのいう国家の三要素のうち、国民 (Staatsvolk)・国家権力 (Staatsgewalt) に関して日本国憲法は論じているが、国家領土 (Staatsgebiet) に関しては、日本国憲法は沈黙している(これは比較憲法的には異例に属する)。日本国の領土を決定する法規範は、主として条約にある。

なお、大日本帝国憲法も、国家領土については沈黙していた。このため、帝国憲法施行後に獲得された領土については、憲法の場所的適用範囲が問題となった。これについては、肯定説・否定説・折衷説が対立した。

国家の自己表現
いわゆる国家の自己表現 (Selbstdarstellung des Staates) について、日本国憲法は規定していないが、比較憲法的には珍しいケースである。主な法源として、次のようなものがある。

日本国の国家体制、国号、政体に関する規定(ex.日本国は自由と民主主義に基く立憲君主国である、など)。
国旗国歌法:日本国の国旗は日章旗、国歌は君が代であることを規定している。
元号法:元号は政令で定めるべきこと、元号は皇位継承があった場合に限り改めること(一世一元の制)を規定している。
国民の祝日に関する法律
首都に関しては、1950年(昭和25年)の首都建設法がある(ただし、1956年に廃止)。

日本国憲法の解釈
日本国憲法は硬性憲法(改正のための要件が法律に比して厳しい)であるため、裁判所の判断(判例)のもつ重要性はより高いといわれる。

2009年01月23日

セルパン・カンパニ

セルパン(Serpent)声優:梁田清之
「ZX」に登場。セルパン・カンパニーの社長。元はガーディアンの一員で、モデルVの調査を行っていたがモデルVに見入り、他のメンバーを殺しモデルVを持ち去った。エリアD・ハイウェイでロックマン・モデルXとロックマン・モデルZを戦わせ、その戦いから2つのライブメタルをゴミクズと決め付け、パンドラにパスコードのデータだけ吸い出させその後ライブメタル・モデルX、モデルZを処分しようとした。全てのパスコードがそろうとエリアM・遺跡で「モデルVの本体」の発掘を開始する。ライブメタル・モデルVの適合者。
プロメテ(Prometheus)声優:岸尾大輔
「ZX」「ZXA」の登場。「ZX」では始めセルパンの側近の様に装い、セルパンを利用していた。ガーディアンを潰すため、ガーディアンベースに乗り込み動力炉を襲い、そこへ現れた主人公と戦う。「ZXA」では始めモデルAを狙っていたが、主人公がロックオンするとそれをやめ、主人公を利用する。主人公を追い海底火山で「あの男」を見つけ倒した後、「最後の宴」として主人公に襲い掛かる。ハンター達に「死神」と呼ばれ恐れられている。「あの男」に作られた最初のロックマン。しかし、生まれながらにロックマンとして戦うことを運命付けられるいたため、「あの男」を恨んでいた。体にモデルVが与えられており、属性(無属性、炎属性)を変え、攻撃を使い分ける特殊能力を持つ。
パンドラ(Pandora)声優:伊藤静
「ZX」「ZXA」の登場。「ZX」では始めセルパンの側近の様に装い、セルパンを利用していた。ガーディアンを潰すためプロメテと共にガーディアンベースに乗り込み動力炉を襲う、そこへ主人公が現れるがプロメテに譲り撤退している。その後遺跡にライブメタル・モデルVの発掘を妨害に来た主人公と戦う。「ZXA」では始めモデルAを狙っていたが、主人公がロックオンするとそれをやめ、主人公を利用する。主人公を追い海底火山で「あの男」を見つけプロメテが倒した後、「滅びの運命を終わらせる」と言い主人公に襲い掛かる。ハンター達に「魔女」と呼ばれ恐れられている。「あの男」に作られた最初のロックマン。(パンドラという名前にも最初の女性という意味がある)プロメテと同じように「あの男」を恨んでいた。体にモデルVが与えられており、属性(無属性、雷属性、氷属性)を変え、攻撃を使い分ける特殊能力を持つ。
オメガ(Omega)声優:諏訪部順一
「ZX」に登場。エリアNの遺跡の最深部に待ち受ける謎の存在。何の会話も無しに主人公と即戦闘になる。かつて伝説の赤きレプリロイドとの死闘の末に倒された。攻撃力、機動力共に随一で、裂光覇に体力回復効果が追加され、乱舞(6段切り)を出す確率が上がり、ロックマンゼロ3の時より強くなっている。ミッション、クエストとは関係無く、倒さなくてもゲームはクリア出来る。

謎の人物
あの男
プロメテが口にした人物。ラグナロクの破片からモデルVをつくり各地に隠し、ロックマン同士の戦いを仕組んだ張本人。「ZX」では正体不明だったが、「ZXA」の中盤でその正体を現す。
初代司令官
ガーディアンの初代司令官。回想シーンにのみ登場。風貌はゼロシリーズのシエルに似るが、詳しい事は判明していない。プレリーからはお姉ちゃんと呼ばれ親しまれていたようで、ぬいぐるみをあげている。モデルVのデータからライブメタル・モデルX、モデルZ、モデルH、モデルF、モデルL、モデルPを作った。アウターの調査中に行方不明になったらしい。

ライブメタル
モデルX 声優:水島大宙
モデルVの研究データを元にガーディアンの初代司令官が作った青いライブメタル。モデルVがある遺跡を開くためのパスコードのデータが収められている。パスコードは「ルーメン・インフィニタス(光と可能性)」。
モデルZ 声優:風間勇刀
モデルVの研究データを元にガーディアンの初代司令官が作った赤いライブメタル。モデルVがある遺跡を開くためのパスコードのデータが収められている。パスコードは「フォルティトゥード・クレド(勇気と信念)」。
モデルH 声優:緒方恵美
モデルVの研究データを元にガーディアンの初代司令官が作った風のライブメタル。モデルVがある遺跡を開くためのパスコードのデータが収められている。パスコードは「ウェントス・アルス(風と知恵)」。「ZX」ではハイボルト・ザ・ラプタロイドとハリケンヌ・ザ・ウルバロイドがそれぞれ半分データを取り込んでいる。「ZXA」ではヴァン、エールの元から盗まれ、ヘリオスが所持している。
モデルF 声優:中井和哉
モデルVの研究データを元にガーディアンの初代司令官が作った炎のライブメタル。モデルVがある遺跡を開くためのパスコードのデータが収められている。パスコードは「フランマ・ウィース(炎と力)」。「ZX」ではフィストレオ・ザ・プレデトロイドとフランマール・ザ・モルロイドがそれぞれ半分データを取り込んでいる。「ZXA」ではヴァン、エールの元から盗まれ、アトラスが所持している。
モデルL 声優:今井由香
モデルVの研究データを元にガーディアンの初代司令官が作った氷のライブメタル。モデルVがある遺跡を開くためのパスコードのデータが収められている。パスコードは「グラキエス・パッシオ(氷と情熱)」。「ZX」ではルアール・ジ・アビスロイドとレグアンカー・ザ・ゲルロイドがそれぞれ半分データを取り込んでいる。「ZXA」ではヴァン、エールの元から盗まれ、テティスが所持している。
モデルP 声優:稲田徹
モデルVの研究データを元にガーディアンの初代司令官が作った影のライブメタル。モデルVがある遺跡を開くためのパスコードのデータが収められている。パスコードは「ウンブラ・プロフェス(影と誓い)」。「ZX」ではパープリル・ザ・マンドロイドとプロテクタス・ザ・ゴアロイドがそれぞれ半分データを取り込んでいる。「ZXA」ではヴァン、エールの元から盗まれ、シャルナクが所持している。
モデルA 声優:小林ゆう
バク転 ルーシュ ハーブ シニカ テンペラ オーソー スラウ タナトス パンヤゾ いす 夢のカケラ コテージ リターン シーバー ディズム 不死鳥 パドボ 無邪気 アニン シノプシ クリア ラック 君の左手 ライム テストケー ダラス バイア ツルグミ めじり パントモ ニュー ニング エカナ ルノワー シング スカイブル マルメロ パジャマ こむぎ ズボン ウエハース きょうりん ステラ リレー きんかん ドレナ スキーリ パラメデ ローフ アイスティー

「あの男」がスペアボディ用のバックアップとして作ったライブメタル。ある遺跡に隠されていたが、違法ハンターが掘り出す。クリスタルの部分に封印が施されていて、ロックマンと戦うことによってプロテクトが解けていくようになっている。
モデルV
「あの男」がラグナロクの破片からに作ったライブメタル。メカニロイドをイレギュラー化する力を持つ。
モデルVのカケラ
セルパンがロックオンするときに使った小さなモデルV。「あの男」がいくつか持っていて、プロメテとパンドラにそれぞれ与えられている。
モデルVの破片
世界中のあちこちに隠されている。「ZX」では「モデルVの本体」となっていたが、「ZXA」では数多くあるモデルVの中の一つだったことが示唆されている。覚醒のために人々の怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみ、狂気などを食らう。セルパンは、人々に恐怖を与えてからサイバーエルフ化し、モデルVと融合させて、モデルVを覚醒させようとした。しかし、本当にモデルVを覚醒させたのは主人公の憎しみの心だった。「ZXA」では、プロメテとパンドラの数百年分の怒り、悲しみ、苦しみ、憎しみそして狂気が多くのモデルVを覚醒させた。
ウロボロス
全てのモデルVの破片(ヴァン、エールがいくつか破壊したので完全に全てではない)が覚醒し、一つとなった究極のライブメタル。名のとおり自分の尾を食う蛇の形をしており、空中要塞になっている。「あの男」が倒されるとモデルVとしての機能を失い、海に沈んだ。
モデルO
誰が何のために作ったのか全く不明の謎のライブメタル。

2009年01月16日

東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)

ラージヒル ニズム グアナコ キナパー レール ソング ジョッキー ロール ヒアシン オイヒバ アース ピーピーシー ダイエ バッグ リプレース おたま キング アルタイ キング マネキ ぴんぞろ エッジ プロテク ニバナ ヒッチハイ ひこうき ハバネロ ハムエ てんえい プリオン 相合傘相 マッサ ヤダケ ビネガー ファンド イヌイッ モルドバ コマソン カートン てんま りゅうちょう アラス マヌカン アナカン セフレ デビュー スリッペ ノンプロ ライトノ たいむ

東大寺盧舎那仏像(とうだいじるしゃなぶつぞう)は、一般に「奈良の大仏」として知られる仏像で、奈良市の東大寺金堂(大仏殿)の本尊である。聖武天皇の発願で天平17年(745年)に制作が開始され、天平勝宝4年(752年)に開眼供養会(かいげんくようえ、魂入れの儀式)が行われたが、現存する像は中世・近世の補修がはなはだしく、当初の部分は台座、腹、指の一部など、ごく一部が残るにすぎない。「銅造盧舎那仏坐像」の名で彫刻部門の国宝に指定されている。

大仏の正式名称は「盧舎那仏坐像」、大仏殿の正式名称は「東大寺金堂」であるが、本項では以下「大仏」「大仏殿」と呼称することとする。

正史「続日本紀」と東大寺の記録である「東大寺要録」によれば、大仏造立の経緯はおおむね次のとおりである。

741年(天平13年) - 聖武天皇が国分寺・国分尼寺建立の詔(みことのり)を発する。
743年(天平15年) - 聖武天皇が近江国紫香楽宮(しがらきのみや)にて大仏造立の詔を発する。紫香楽宮近くの甲賀寺にて大仏造立が開始される。
745年(天平17年) - 恭仁宮、紫香楽宮、難波宮を転々としていた都が5年ぶりに平城京に戻る。大仏造立も今の東大寺の地であらためて開始される。
746年(天平18年) - 大仏鋳造のための原型が完成。
747年(天平19年) - 大仏の鋳造開始。
749年(天平勝宝元年) - 大仏の鋳造終了。
752年(天平勝宝4年)4月9日 - 大仏開眼供養会(魂入れの儀式)が盛大に開催される。
以上のように、大仏は当初、奈良ではなく、今の滋賀県甲賀市に造られる計画であった。しかし、紫香楽宮の周辺で山火事が相次ぐなど不穏な出来事があったために造立計画は中止され、都が平城京へ戻るとともに、現在、東大寺大仏殿がある位置での造立が開始された。制作に携わった技術者のうち、大仏師として国中連公麻呂(くになかのむらじきみまろ、国公麻呂とも)、鋳師として高市大国(たけちのおおくに)、高市真麻呂(たけちのままろ)らの名が伝わっている。天平勝宝4年の開眼供養会には、聖武太上天皇(すでに譲位していた)、光明皇太后、孝謙天皇をはじめとする要人が列席し、参加した僧は1万人に及んだという。正倉院文書のうちには、この時列席した僧の名簿が残っており、「僧一万人」は誇張ではなかったことが知られる。開眼導師はインド出身の僧・菩提僊那(ぼだいせんな)が担当した。開眼の際に使用した筆や、当日大仏に奉納された伎楽に使用された面などは、正倉院宝物として現存している。

大仏鋳造の技法
天平18年(746年)に完成した「原型」とは、ブロンズ像を造るための原型である。これは次のようなものであったと想定されている。

まず、木材の支柱を縦横に組み、これに細い枝や縄などを編んだものを巻きつけて「かご」のようなもので大仏全体のおおまかな形をつくる。
これに土をかぶせる。かぶせる土はきめの荒いものから塗り始め、だんだん外側へ行くにしたがって粒子の細かい土を塗っていく。こうしてブロンズ像と同じ大きさの粘土製の像ができる。これを原型または中型(なかご)という。
原型の土が十分乾燥してから、今度は中型全体を覆うような形で「外型」(雌型)をやはり粘土でつくる。中型と外型が接着しないように、薄い紙をはさむ、あるいは雲母をまくなど、何らかの方法が取られたはずである。
外型をはずす。
中型の表面を一定の厚みで削る。
一度はずした外型をふたたび組み合わせ、外型と中型のすき間に溶けた銅を流し込む。中型を削ってできた空洞がそのまま完成像の銅の厚みになる。大仏の場合、巨像であるため、脚の部分から頭部まで全部で8段に分け、丸2年かけて鋳造したことが知られる。
以上、きわめて簡略かつ概念的に説明したが、外型と中型がずれないようにするための工夫、鋳造後の表面の仕上げ、螺髪の取り付け、鍍金(金メッキ)など、他にも多くの工程があり、これだけの巨像を造立するには想像を絶する困難があったものと思われる。作業中の事故や、鍍金の溶剤として用いられた水銀の中毒により多くの人命が失われたとも言われている。

また像自身(金属外皮のみ)で強度を得ているため、現代的表現ではモノコック構造に近い構造物となっている。